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技術開発戦線『暁の生産性』

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2010-07-28

_ [Full Metal Lisp][Computing] 萌Linuxの死闘 -Gimp-painter変-

若かりしころは、他にはないオリジナリティ、自分の個性あふれる表現などというものを夢見たものですが、もういい年なのでpixivでテクニックを覚えてGimp-painter on Linuxで実装してみました。いつまでも夢を見てはいけません。あきらめてそこで試合終了です。

髪の毛のような柔軟物の立体感とペン入れが特に目立った問題ですな。ペン入れはinkscapeを使ってベクター画像で綺麗にしてしまうか、Gimp-painter上のテクニックで何とかしてみるか試してみよう。


2010-07-16

_ [Engineering][Science][Full Metal Lisp] 夢見させるようなこと言うな!

Z兄さんにかまってもらった記念。しょうもない表現の話で、お忙しいところ申し訳ないです。

「論文が書きたいです……」


2010-07-01

_ [Engineering][Science] 原著を狙え!

まぁ、理由を申せば、こういう話に飢えている環境ということになりますか。さて、Z兄さんから、”本当にそれは論文なのか?”という質問を投げかけられましたので、再調査を実施しました。すごい時代になったものだということなのですが、2つの論文ともにgoogleで検索したら辿り着けるというこの事実であります。

前回、”通信の数学的理論”から引用したのはウィバーによる解説でした。今回は正真正銘、シャノンがBell System Technical Journal誌に投稿した"A Mathematical Theory of Communication"本文からの引用です。(以下太字はF Works++の強調)

We now consider the information source. How is an information source to be described mathematically, and how much information in bits per second is produced in a given source? The main point at issue is the effect of statistical knowledge about the source in reducing the required capacity of the channel, by the use of proper encoding of the information.
"A Mathematical Theory of Communication", C. E. SHANNON

シャノンの論文はその出自からいって、技術報告と断定できます。さてマッハについて、科学技術文章というよりは科学哲学ではないかという見解に達しました。こちらに関しては意見を取り下げることにいたします。マッハの"The science of mechanics"はInternet archiveで英訳を閲覧することが可能です。

But surprising as the achievement of Archimedes and his successors may at the first glance appear to us, doubts as to the correctness of it, on further reflection, nevertheless spring up. From the mere assumption of the equilibrium of equal weights at equal distance is derived the inverse proportinality of weight and lever-arm! How is that possible?
"The science of mechanics", Ernst Mach

調査時間は1時間弱と言ったところでした。知識を吸収しようと思えば、どこまでも高みに登って行ける良い時代といえましょう。


2010-06-29

_ [Engineering][Science] 科学技術文章はどこまで文学的であることを許されるのか

科学技術文章における文学的表現についてZ兄さんが疑義を呈していたので、検討を試みたい。ここで取り上げる文学的表現とは”これこれはどうしてなのだろうか”というものである。確かに文章の導入において、例えば、”Z兄さんの疑義は正当なのだろうか”などという表現を用いれば、読者の興味を掻き立てることもあろう。

さて、Z兄さんはこの表現をありえないと判断していたので、なるべく強力な科学技術文章から反例を探すこととしよう。原著からではなく大変残念であるが、まずは”通信の数学的理論(原題、The Mathematical Theory of Communication)、クロード・E・シャノン他”の文章を取り上げることとする。要はF Works++の語学力の問題である。

ノイズは、どのように情報に影響をあたえるのだろうか。(中略)。もし、ピッチやエネルギーが連続的な変化をする話し声のような、連続な信号を考えた場合、通信理論はどうなるのだろうか。
通信の数学的理論への最近の貢献、ワレン・ウィーバー

もう一つ反例を挙げることを試みよう。

第一印象としては、アルキメデスや彼の後継者の業績は、驚嘆すべきものにみえるけれども、厳密な考察をくわえると、その正しさに疑問が生じてくる。等しい距離にある等しいおもりが釣合う、という単純な仮定から、重さと梃子の腕の反比例関係が導かれるとは!どうしてこんなことが可能なのであろうか。
マッハ力学史、エルンスト・マッハ

偉大な科学者による偉大な著作に登場いただいた。”通信の数学的理論”は現在の情報技術を生み出した論文であり、またマッハもニュートン力学の正当性を問うたことから、相対性理論の萌芽となった人物である。反例としては申し分のない偉大さである。


とはいえ、この文学的表現の使いどころは難しい。

まず”通信の数学的理論”の時代背景を考えよう。シャノンとウィーバーがこの論文を世に問うたのは1949年、まだ第2次世界大戦の記憶も生々しく、通信といえば短波通信が主力であった時代である。そして第2次世界大戦の生み出した暗号化通信とコンピュータはまだ軍事機密というベールに覆われていた。

次にシャノンとウィーバーの読者を考えよう。当時の読者の知識といえば電信通信か電話通信である。これらの通信にノイズが加われば受信は困難であるし(電信はそこそこ強いが)、人間による打鍵か発声によって意図を伝達するのであるから速度や量も限られている。

このような時代において、通信路の通信量の上限や、符号の冗長化によるノイズ耐性の向上を論じたとして、何人の人間が論文を詳細に検討するだろうか。そもそも、論文を手に取ることさえしないだろう。まずは自らの論文に価値があることから説明しなければならない。論文の中身に価値があると理解してもらうには、論文の冒頭においしい餌を置き、喰いついてもらう必要がある。このおいしい餌とは、人間の興味を惹く文章である。さて人間の興味を惹く文章とはなんだろうか。興味を惹くことに特化した文章技術が、文学的表現であると考える。

これは産声をあげたばかりの分野に特有の事情である。だがこの事情があるからこそ、科学技術文章において疑問文という文学的表現が許されるのではないだろうか。詳細は省略するが、マッハもニュートン力学の正当性に疑義を呈した人物であることから、この特有の事情に直面していたと考えられる。

一方でこれらの著者が、冒頭の文学的表現のみならず、その本文においては厳密であり、論理を構築することにおいても一流であったことは言うまでもない。もちろん評価の確立した分野であれば文学的表現を省き、早々に詳細を無味乾燥に論ずることは可能である。

もしあなたが文章を出力する科学者か技術者であれば、ときには文学的表現を使いたい、使ってみたいと感じることがあるかもしれない。そのときには胸に手をあてて今一度思い出して欲しい。あなたは(無論F Works++も含む)はシャノンやマッハに匹敵する新しい分野の開拓者であるだろうか、と。Yesであれば躊躇せずに文学的表現を用いると良い。だが、もしNoであるならば?

・・・。

科学技術文章における文学的表現の是非は、その文章の位置付け、意義によると結論しよう。


2010-06-20

_ [Computing] 不思議なコマンドがあるもので

libGL.laが見付からないというエラーに対処する方法をメモする。

http://gentoo-suita.blogspot.com/2009/12/libglla.html

というか、最初にこういうコマンドを見付けた人はどういう手順でたどり着いたのだろうか・・・。


2010-06-13

_ [Train] 特殊狭軌の味わいって男の子だよな

ペーパー車体と聞きましたが、エッジがかちっとしていてすごいな。Nゲージの軌間9mmを使いまわしているのはいたしかたないか。762mm/150で約5mmゲージ、市販品を流用するにしても6.5mmゲージの動力車は自作できんよなー。

http://www.youtube.com/watch?v=zpO40nyXWIA

追記:とおもったらペーパー車体ではないそうです。しかも動力も自作できないわけではないそうで。国鉄狭軌1067mm/150で約7.1mm、6.5mmで近似で頑張っている人もいるそうです。しかも特殊狭軌5mmゲージを自作していらっしゃる。奥が深い、業も深い・・・

http://vivant.jp/taichi.htm


2010-06-07

_ [Computing][Engineering] ヤーヤーヤー、オーバーヒート対策の季節がやってきた

どうも、ここのところサーバーが落ちていると思ったら、オーバーヒートで死んでしまうらしい。見ている人もあまりいないかと思いますが、申し訳ございません。

とりあえずの対策としてCPUクロックダウンを試みるもBIOSに設定項目が存在しない。ヒートシンク買ってくるかな・・・。


2010-05-29

_ [Engineering] 「いいフォントだな、少し借りるぞ」「うおっまぶしっ!」

って慧音が言ってた。

Comprehensive OpenType font set of mathematical symbols and alphabets


2010-05-03

_ [Bicycle][Train] もうwairyにはかなわんなぁ

コンスタントにレースに出場したり、100kmをこえるサイクリングを繰り返しているwairyにはもうかなわないなぁ。東京エンデューロ2時間ソロ男子最高で10番台という時期もあったのですが、それとて微妙な記録。そして堕落につぐ墜落。このところ高回転サイクリング(100rpm以上限定)で多少は持久力を取り戻した感じもありますが、耐久レースに出たとしてwairyのお尻を眺めているだけであったりして。

そんな、堕落につぐ墜落で何をしていたかといいますと、駅弁食べてました。そりゃレーサー体型も変形するというものです。

越後湯沢の「いくらたらこめし」
越後湯沢の「いくらたらこめし」

富山の「かまめし」
富山の「かまめし」

高山の「しぐれずし」
高山の「しぐれずし」


2010-04-11

_ [Engineering] はたらき方を知らずしてまねる、まねられるのだ

なんかZ兄さんが書籍を手に入れたそうである。ハインツ・フォン・フェルスターという人はサイバネティクス学者ということで良いのだろうか。”デカルトなんかいらない?カオスから人工知能まで、現代科学をめぐる20の対話”という訳書を読んでいないため、Z兄さんがどの部分を論点としているのかがわからない。しかし、今回は科学が対象ではなく、科学論が対象であるので都合良く”デリダ”主義者となってしまうことにする。即ち、”デリダ”主義者F Works++は文脈を無視して、はたらき方を知らないようなものをどうしてまねられますかという文を検討してみるのである。この文において、模倣する対象は思考過程で、実現手段は機械である。

結論は、はたらきかたを知らなくてもまねられるし、はたらきかたを知っているということはドグマではないのかということである。

残念なことに”模倣する”というの言葉は多義的である。さらに”思考過程”も多義的であるから、”思考過程を模倣する”は2次の多義的である。従って、意味を一意に特定できないため、議論の出発点として用いることができない。本稿では、”模倣する”を、あるシステムの入力と出力の対応を再現することと定義する。また、”はたらき方を知る”を物理学の手法を用い要素に還元し、要素それぞれの関係の方程式を得ると定義する。

はたして、”はたらき方を知”らずして”模倣する”ことは出来るのか?出来るのだ。模倣道とはシグルイなり。


まず”はたらき方を知る”ことなく、”模倣する”ことに成功した例を熱機関に求めよう。この場合、”はたらき方”は熱力学であり、”模倣する”とは人力、畜力の代わりとして機械力を用いることである。

数学者や科学者たちが必ずしも思い出したがらない事実だが、技術の相当数はまず成功した後にその理論的理解が生まれたのである。もちろん古典的な例は蒸気機関であり、熱力学の工学が成立するはるか以前にそれは発明され、高度な信頼性にまで発展した。実際、動く蒸気機関という人工物自体が、その動作についての理論を呼び起こしたのである。”橋はなぜ落ちたのか”、Henry Petroski

別の例を考えよう。昨今、e-mailを利用すると、少数の必要なメールと、多数のスパムメールを受信することになる。これを振り分けるのに使用されるのがスパムフィルタであり、フィルタの実現にはベイズ推定が用いられている。この場合、”はたらき方”はスパムメールを生成する法則である。スパムメールを生成する法則とはなんであろうか。言語学に求めれば生成文法ということになる。しかし、生成文法に対しては、扱う構文が極めて限定的で、個別言語の体系的記述にたどり着かないという批判がなされている。従って、スパムメールを生成する法則として採用することは出来ない。

一方、”模倣する”ことに関しては、メールのスパムである度合を主観確率として設定しベイズフィルタを導入することで、人間の判断=”思考過程”によるメールの振り分けを再現することに成功している。メール受信数が少ない場合、例えば10年ほど前のe-mail事情であれば、人間がスパムメールの法則を要素還元的に発見することも可能である。しかし、大量のデータにぼんやりと傾向が見える現在的な状況であれば、要素還元的に振り分けルールを設定することは破綻する。

最後に”はたらき方を知っている”という主張がある種のドグマではないかということを確認する。引用するのは飛行機が物理的に飛行することが不可能であることを論証した"IS THE AIRSHIP COMING?", SIMON NEWCOMBである。この論文が発表された2年後、1903年にライト兄弟が動力飛行を成功させたことは述べるまでもない。物理法則に基づいて某かの予想を行う。この予想が成功する確率はいかほどであろうか。物理法則による予測が99%の確率で成功するとしても、人間が物理法則を適用するにあたって50%の確率で誤るとすれば、結局のところ予測が成功する確率は50%である。”はたらき方”を実際の現象に適用する手法については標準が確立しているわけではない。私の知る限り、属人的な職人芸である。

要素還元的分析は重要である。しかし、還元した要素に基づいて統合的分析を行うこともまた重要である。さて、統合的分析について我々はなんら数理工学的な道具を持ち得ないのだろうか。答えは否である。フィッシャーが提案した実験計画法は、還元した要素と要素同士の相互作用というものを重要視する。要素還元的分析と統合的分析の往復運動が、”思考過程”の”模倣”を理解する前提となるのではないだろうか。